読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おっさんアラサー女の欲まみれの戯言集

見た目はキラキラ女子、中身はおっさんのアラサー女のゆきびっちがアート以外のことを語るサブブログになります。

雑記:自己評価は他人からの評価の80%がベスト指標だと思う話

こんにちは、ゆきびっちです。

突然ですが、私のブログって長いですよね?笑

 

先日、会社の同期たちと集まったときにそのことが話題にのぼり、
某イケメンから「俺はトイレ(大)のときに読む」と下ネタ発言でセクハラを受けました。

彼を法廷で訴えたいところですが、それは数少ない目の保養対象を失うという不利益につながる。状況を打開するためには私自身が変わらなければいけない。

ということで、彼のトイレ空間から脱出するためにも、いつもの記事とは別に、短いものを雑記として書いていきたいなぁと思っております。

 

日記のようなブログ的スタンスはとりながらも、私のおかしな頭の中にゴロゴロしているものをピックアップしていけたらと思います。

 

ということで、お試しで先日同期と話していた話をば。

 

そこで「自分自身に対する評価のつけ方」というのが話題にあがりました。

発端は最近の私の自己顕示欲が高すぎて、友人たちがついていけないということからだったんですがね。

 

 

f:id:WOMANKIND:20151025163346j:plain

図太く生きればこれくらいできる。

 

そのとき個人的に一番良いと思う自己評価は、「他人からの評価の80%くらい」と話したのですが、なかなか理解してもらえず。

評価といっても数値化しているわけではないので、あくまでも感覚的な話になりますが。

 

例えば、人から「モデルみたいに可愛いよね」と言われたら、自己評価は「読者モデルくらい」と感じること。

他にも、「○○さんのおかげで仕事が早く終わったよ」だったら「私は仕事がスムーズに回せる」くらい。

まぁ確かに他人の評価の120%を自己評価にしている私に言われても、一切の信憑性がないのですがね。

 

 

<「他人の評価」を受け入れる=客観性を育てるために必要な行動>

 

f:id:WOMANKIND:20151025163807j:plain

何故80%かという疑問もありますが、その前にこれを達成するにはそもそも「他人からの評価」を受け入れるという過程をまず踏まなければいけないと思います。

これって実は日本人ならではの「謙遜」の美徳に絡んでしまって、なかなか達成されていません。

周りでも「私なんか」とか「あの人に比べると」なんて言葉で会話を終わらす人がちらほらいます。

 

他人の評価を受け入れるということはどういうことか。

それは、「相手の評価」を評価できるということ。

 

評価の対象が自分だからといって、相手の意見を全て拒絶してしまったら客観的な視点というものが自分の中で作れません。

仕事をする人、もうアラサーの年になると自分の客観的な評価を持てていないのはちと痛々しい。

 

また別の見方としては、「相手の評価」を否定したら、相手が「どれだけ自分がいいと思って伝えても、この人には伝わらない」とか「自分の言っていることは間違っているのか」と感じてしまう可能性もあります。

つまり、自分だけでなく相手の客観性を育てさせることができないということ。

また相手を無意識のうちの傷つけてしまうのは悲しいですよね。

 

だから相手から良い評価を頂けたら、まずは「ありがとう」とお礼を言い、その意見がどういったものかを客観的に評価したらいいと思います。

「その言葉通り」「言い過ぎ」もしくは「見当違い(=相手は自分のことを見ずに適当に評価している)」なのか。

そしてその評価に応じて、返答すればいいと思います。

 

ちなみに、私は褒められた場合はほぼ100%「でしょう?」と最大限に相手の評価を褒めたたえ、自分でも自分のことを褒めたたえて、大抵相手に呆れられます。

 

 

<大人の体裁的には「80%」くらいの客観性>

f:id:WOMANKIND:20151025163840j:plain

では、どのように客観的に「相手の評価」を判断していけばいいのか。

そこで「80%」という数字が出てきます。

 

例えば初対面の人の発言で褒められたとしてもお世辞にしか感じられません。

ただ、それを無下にしてしまうのは失礼なので、やっぱり頂いた評価は受け入れて、「初対面の人からもらった褒め言葉」のアーカイブの中にためこみましょう

そのアーカイブの中で、いくつか同じ言葉があれば、それは「相手の評価」として殿堂入りを果たしてもいいかもしれません。

 

ただし、その評価の具合はマチマチなので。

その評価の中で気に入っているもの、もしくは評価の平均をとって、ちょっとばかし謙遜して、その80%くらいを「客観的な自分の評価」に紐づければいいと思います。

 

そうすれば、仕事、性格、容姿などなどに自分の持つ人生のそれぞれのカテゴリーの中で、どれが自分の武器となるものなのか、自信を持っていいものなのか自然と認識し養えることができます。

 

悪い評価も同じこと。

全てを言葉通りに受け入れてショックを受けて泣くのではなく、また全て「やっかみだ」とはねのけるのでもなく。

アーカイブを作って、溜まってきたものの中でこいつは「やばいな」と思うものをピックアップして、直していったらいいのではないのでしょうか?

 

ちなみに私の場合、幼い頃から「ワガママ」「気分屋」「プライドが高い」という悪いアーカイブがたまりに溜まっているのですが、それらを全て「個性」というアーカイブの中に移してなんとか生きています。だからタフなんだな。

 

 

ということで、図々しくタフに生きるためには「他人の評価の120%を自己評価」。

知識と教養と名刺を武器にした社会人として生きるためには「他人の評価の80%を自己評価」にするのが、個人的にはベストだと思います。

 

やっぱりなんだかんだ2000文字は超えたなぁ。でもちょっとばかし良いこと言ったでしょ。褒めて崇めて奉ってください。

そんなこんなで、すこしずつ小話文字数に慣らしていきたいと思います。

 

それでは♪